大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和26年(ワ)6469号 判決

原告 高野武

被告 銀座貿易株式会社

主文

原告の請求はいずれもこれを棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

一、請求の趣旨

被告は原告に対し金五十万円及びこれに対する昭和二十六年十一月一日以降完済までの年六分の割合による金員の支払をせよ。

訴訟費用は被告の負担とする。

との判決及び仮執行の宣言。

二、請求の原因

(一)  請負代金の請求

原告は建築業者、被告はもと銀座新興株式会社と称したもので東京都中央区木挽町五丁目四番地の十二に建物を所有し同所においてキヤバレータイガー(旧称新興)を経営し、訴外山口健造をそのマネージヤーとして同所の営業を担当せしめその営業に関する代理権を与えていたものであるが、原告は昭和二十四年六月二十六日被告の営業代理人である右山口健造の依頼に基き、前記キヤバレーとして使用していた鉄筋コンクリート造亜鉛葺二階建建坪百一坪、二階六十四坪四合の建物の内部及び外部の改装工事を代金二百八十九万二千百六十八円二十銭、随時払の約定で請負い同年八月八日その工事を完了して被告に引渡したところ、被告はその後昭和二十五年十二月までに内金七十万八千三十六円五十銭を支払つただけであるから、その残金中金五十万円及び訴状送達の翌日以降の年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

被告は右契約当時前記建物を所有し同所におけるキヤバレーの営業を営業名義人中村静尾の名義で経営し前記山口をマネージヤーなる名義の下に実質上の営業者としていたものであり、右改装工事に関する許可申請も当時の被告代表者であつた中村起東の名をもつてなしているのであるから、右山口健造が被告の支配人として代理権を持つていたことは明白であり、仮りに支配人でないとしても営業の主任者たることを示す「マネージヤー」の名称を附した使用人であるから、支配人と同一の権限を有するものというべきであり、同人の権限に制限ありとするも善意の原告に対してはこれを主張できない。

(二)  不当利得返還の請求

被告所有の前記建物は罹災した四壁を利用し終戦直後トタンで屋根を葺き薪炭置場等に使用されていたところ、その後一時凌ぎの修理を加えてキヤバレーに使用していたものでその造作は資材缺乏甚だしかつた頃の応急工事のため極めて粗悪貧弱なものであつた。原告は訴外奥山幸と共同して昭和二十四年七月当時総工費金五百八十余万円を投じて建物内外に亘り大改装を行い面目を一新した美麗な建物としたので、右建物は少くとも金五百万円以上の価値を増加した。従つて仮りに山口健造が被告の支配人でなかつたとしても、被告は原告の施行した右工事により法律上の原因なくして金五百万円以上の利得をしたものである。この事実は被告が昭和二十六年二月から同年八月二十七日まで右建物を使用しキヤバレーロマンスを経営して大いに利益を得、同年八月二十七日訴外常盤炭鉱株式会社に敷地と共に代金二千万円以上で売却したことからも明白である。すなわち被告は原告の財産及び労務により金五百万円以上の利得を得、もつて原告にこれと同額の損失を蒙らしめたものであるから、内金五十万円及び訴状送達の翌日以降の年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

三、被告の答弁

請求の趣旨に対して主文第一、二項同旨の判決。

請求の原因に対し、

(一)の事実中被告がもと銀座新興株式会社と称していたこと及び、原告主張の頃その主張建物を所有していたことは認める。

原告が建築業者であることは不知、その他の事実は全部否認する。

被告は昭和二十一年十一月一日右建物を山口健造に賃貸したが東京地方裁判所昭和二十二年(ワ)第三一〇一号事件で山口に対し右建物の明渡を請求していたところ、昭和二十三年九月頃風俗営業取締法の施行により営業名義人と営業者とが同一人であることが要求されるに至つたのを機として、同年十一月十八日右事件の当事者間において

(1)  キヤバレー新興の営業者を名実共に中村静尾とし山口をその営業のみの担当者(マネージヤー)とし

(2)  会計事務は一切被告会社がこれを取扱い

(3)  被告は毎日の売上総額の内から金二千四百円を控除してその残額を山口に交付し

(4)  営業諸経費、公租、公課等は全部山口の負担とし

(5)  山口は被告の書面による承諾がなければ造作改造等をしないこと及び右承諾あるときといえども造作設備等は営業利益の範囲内に止めることとし

(6)  前記約定に違反したときは契約は当然解除となる

旨の合意を内容とする調停が成立したのであるが、昭和二十四年六月末頃山口は被告に無断で改造に着手したので同年七月三十日山口をして被告及び中村静尾に対し「キヤバレー営業につき山口が一切責任を負うこと、構造変更につき東京都公安委員会の許可条件を守ること、許可前の構造変更につき山口の責任において処理し、一切の費用を同人が負担し被告及び中村静尾に対し損害を生ぜしめないようにすること」等を確約せしめたものである。従つて原告主張の工事の注文主は山口健造であつて被告ではなく、山口は被告の代理人として注文し代金支払をしたものではない。

仮りに被告請負代金支払の債務があつたとしても、昭和二十四年十月十九日、山口と原告及び訴外奥山幸等との間に、本件請負代金を山口との間の準消費貸借に改め同人において一切引受けキヤバレータイガーの売上金中から分割支払うべく、被告に対してその支払を請求しない旨の契約が成立したから、被告はその支払の義務がない。

(二)の事実中、原告主張の工事の当時その主張の建物が被告の所有であつたこと及び昭和二十六年八月二十七日これを訴外会社に売却したことは認めるが、その他の事実は否認する。

仮りに原告の工事によつて被告が利益を得たとしても、昭和二十四年七月三十日に被告、山口、中村静尾間に前記のような約定が成立しこれに基き山口において改装工事をしたものであるから、改装による利益は右契約に基くものであつて法律上の原因を欠くものではない。

しかも原告主張の請負契約は山口が注文主として原告等との間に締結し、昭和二十四年十月十九日前記のような支払契約をして原告等にその一部支払をしているのであるから、たとえ未だ支払が完了していないとしても原告は山口に対し請負代金債権を有し法律上の損害を生じていないし、山口の債務不履行があつたとしても被告の受けた改装による利益との間に何等の因果関係がない。

四、立証

〈省略〉

理由

一、被告と山口健造との法律関係

成立に争のない乙第一号証の一乃至三、第二号証、第七号証及び証人大場富士雄の証言により成立を認め得る乙第八号証及び証人大場富士雄、津田薫、茅島勲の各証言によれば、被告と山口健造との間には昭和二十一年十一月一日以降被告所有の本件建物におけるキヤバレー等の営業につきいわゆる委託営業契約が存在し、昭和二十二、三年中右契約に関し紛争を生じて訴訟係属をみるに至つたが、昭和二十三年十一月頃に至り風俗営業取締法の施行と同時に営業名義人みずから営業するのでなければその許可を得られないこととなり、被告も山口も共に許可を受けることが困難視されるに至つたことから、両者間に妥協の機運を生じ昭和二十三年十一月十八日両者間に被告主張のような調停が成立するに至つたことが認められる。右委託営業契約なるものは本件建物内におけるキヤバレー営業の許可は被告会社の取締役である中村静尾名義でこれを受け山口は外形上その従業員の地位に置かれるのであるが、右は単に東京都公安委員会の監督下における営業名義に関する形式に止まり、真実は山口を被告がみずから経営する右キヤバレーの営業担当者(マネージヤー)として右両者間に営業委託契約を結び、山口は被告の営業担当者となつたものである。而して右契約の内容を詳細に検討すれば、右営業より生ずる毎日の売上金中被告は毎日金二千四百円の定額を取得し残金は山口がこれを取得する一方、営業上の諸経費、公租公課、店内施設及びその改造等の諸費用は一切山口の負担において支弁し、営業上の損益はすべて同人の収支となり、被告は何等営業上の危険を負担せず終始定額の収益を得ることを契約の本体とするものであることは疑を容れない。而して前記各証言によれば、キヤバレーの経営に必要な労務はすべて山口において提供し、契約上被告の取扱うべき会計事務もその例に洩れず事実は一日金二千四百円の割合の金員を営業の損益に関係なく山口から被告に持参し又は被告の使用人が取立てていたにすぎないことが認められる。

以上の事実関係から右委託営業契約なるものの性質を判断すれば、右契約は本件建物を目的とする賃貸借契約に外ならず、前記の如き名称を用いたのは一つには当時施行されていた地代家賃統制令の制限を潜脱せんがためであり又一つには風俗営業取締法の関係から名義上の営業権を被告に留保し実質上の営業権を山口に与えようという両者の妥協の結果に外ならなかつたものと断定することができる。

右認定のとおり被告と山口との真の契約は建物の賃貸借契約であるが、その反面において前記のような法潜脱の必要から、真実は山口自身の経営するキヤバレー営業であり山口がその営業主であるに拘らず、外部に対しては被告の経営にかかり山口は被告の使用人にして右営業の担当者一名マネージヤーである旨を表示したものであることは前段認定のとおりであるから、同人が被告のマネージヤーなる名をもつてなした取引については被告は民法第百九条第百十条、商法第四十二条等の適用上相手方に対し責任を負わねばならないものというべきである。

二、原告と山口との請負契約

原告本人訊問の結果により成立を認め得る甲第三、第四号証の各一、二、成立に争のない乙第九乃至第十一号証、第十三号証、第十七号証の一、第十九号証の二、三、及び証人奥山幸、青木一俊の各証言並びに原告本人訊問の結果によれば、昭和二十四年六月二十六日山口健造を注文主、原告及び奥山を請負人として本件建物の内部及び外部の改装につき代金約五百四十万円の請負契約が成立し、その後金百万円余の代金増額があつたことが認められる。

然しながらなお前掲各証拠を合せ考えると、右改装工事をなすに至つた動機は、戦時中から山口と知合であり酒類の販売業に携わつていた訴外黒木政之助、青木一俊、芳賀太一等が山口の前記営業に出資しキヤバレー及びビヤホールを共同経営することとなつて、右キヤバレーを「キヤバレータイガー」と改称し新発足するためであつたこと、従つて右三名も右請負契約の締結に立会い、それぞれ営業資金を出資することを原告等に言明していること、前記請負代金の大部分は右共同経営にかかる営業の売上金中から優先的に分割支払う約定があつたこと、然るに右営業は予期に反し成績が悪く開業後いくばくもなくして青木等三名は出資金の回収に専念し一方山口の発言権も次第に増大し事実上再び山口の単独経営に復帰してしまつたため原告は奥山と共に主として山口に対し請負代金の支払を請求するに至つたこと、以上の経緯があつたため昭和二十四年十月十九日原告等のみならず青木一俊をも債権者の列に加え山口において債務一切を引受け売上金中から毎日一部宛支払うことを約したこと(成立に争のない乙第十四号証)山口は昭和二十六年一月末日被告との間の契約が解除されたことを理由として被告の請求により本件建物を明渡し前記キヤバレーの経営を廃止したのであるが、原告及び奥山幸はその後も山口に対し請負代金の支払を請求し同年十二月に至るまで一部支払を受けていること(成立に争のない乙第二十号証)原告は本件請負契約当時本件建物の所有者が誰であるかを知らず(乙第九号証の二)従つて代金請求はすべて山口又は同人不在のときは黒木等に対してこれをしていたこと及び昭和二十五年二、三月頃前記キヤバレーの営業権譲渡につき原告は自己の知人である訴外三木英一郎を当時の経営者(これより先山口から原告等に対する債務と共に経営権を承継していた)訴外西山上行に紹介したことを認めることができる。

以上認定の諸般の事実を綜合すれば、原告及び奥山幸は本件請負契約当時山口を訴外黒木、青木、芳賀の三名との共同経営者として工事を請負い、山口も亦右キヤバレー営業の経営者として注文を発し何等被告のマネージヤーたる資格においてこれをなしたものではなく、さればこそ原告及び奥山は本訴提起の直前に至るまで被告を本件請負契約の注文者本人として代金の請求をすることなく、すでに本件営業を廃止した山口に対しその請求をしていたものであることが推認できる。

すなわち山口は被告のマネージヤーたる資格又は被告の代理人の名を用いて本件請負契約を締結したものではなく、原告等も同人を被告のマネージヤーにしてその代理権を有するものとして契約したものではない。従つて被告は山口と原告との間の本件請負契約につき何等その責に任ずるものではないといわねばならない。

よつて請負契約上の義務履行を求める原告の第一次請求は爾余の点を判断するまでもなく失当である。

三、不当利得の成否

前顕甲第三、第四号証の各一、二並びに証人奥山幸、大場富士雄、高橋徳治の各証言及び原告本人訊問の結果によれば、本件建物の請負契約直前の状態は甚だしく粗悪な材料を使用し応急的な工事を施した粗悪貧弱な建物であつたため原告等は本件建物の骨格となる部分を残しその他の部分はほとんど全部にわたつて面目を一新するほどの大改造を施し昭和二十四年八月上旬これを完成したことが認められ、本件請負代金が巨額にのぼることと併せ考えれば本件建物は右改装工事により多大の価格を増大しその額は優に金五十万円を越えるものと断定できる。

然しながら、原告等は本件請負契約により山口健造に対し約金六百四十万円の工事代金債権を有し、この債権が原告等の右改装工事に投じた金銭及び労務の対価をなす関係にあるのであるから、原告等は右工事施行により何等の損失を受けているものではなく、ただ山口にその支払能力がなく又はその債務不履行により事実上損失を生じているにすぎず、右損失は前記工事による価値の増加によつて所有者たる被告が利益を受けたために生じたものとはいえない。すなわち原告は被告に対して自己の損失により利益を受けたものとしてこれが返還を請求するに由ないものというべく、従つてかかる返還請求権の成立を理由とする原告の予備的請求も亦、すでにこの点において失当たるを免れない。

四、結論

以上判断したとおり原告の請求はすべて失当であるからこれを棄却すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 近藤完爾)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例